口腔ケアと栄養

摂食嚥下リハビリテーション口腔ケア

精神科領域の摂食嚥下障害(前編)

監修:

東京医科歯科大学 摂食嚥下リハビリテーション学分野 

教授

戸原 玄先生

精神疾患を有する患者さんの背景と地域リハビリテーションの推進のためのポイント

精神疾患の疾病は、認知症・統合失調症・気分障害・てんかんなどいくつかに分類されている。

厚労省が行った患者さんの調査結果によると、精神疾患を有する患者さんは2022年時点で外来・入院併せて400万人を超えており、15年前と比べて高齢者の割合も増加傾向にある1)

精神疾患を有する高齢患者さんは、加齢の影響に加えて精神疾患の症状や向精神薬の副作用(口腔乾燥など)などがあることや、一時的に保清が維持しづらい状況であることから、口腔環境が悪化しやすいと考えられている。

また、統合失調症の患者さんは糖尿病にもなりやすい2)ことから、さらに口腔環境が悪化するリスクが高まると考えられる。

精神疾患を有する患者さんの多くは外来通院しているため、医療従事者は積極的な介入が行いづらく、入院中に比べて他者の目が届きにくい環境にあることからセルフケア不良に陥りやすい。

また、精神症状の影響により、他者に対する訴えが困難となることや認知症の症状も口腔環境が悪化する要因と考える。口腔環境の悪化は、単に口腔だけの問題に留まらず、食事や全身状態にも及ぶため、口腔衛生管理、口腔機能管理、栄養管理(食事)は常にセットで考える必要がある。

特に在宅では、これらの考えを多職種でカバーする「地域リハビリテーション」という視点が重要であり、口腔ケアや口腔リハビリテーション(訓練)、食支援などをいかに日常生活に自然に落とし込めるかが支援のポイントとなる。

 

 

食べる機能と栄養摂取の方法の乖離

一般的に食べる機能は、口や喉の機能だけでなく、食形態や姿勢、食べ方など多くの要素が複合的に影響する。

そのため、単独の評価や評価の瞬間だけで判断せず、臨床所見や検査などあらゆる情報を基に嚥下障害を有する患者さんの背景や環境、状態について想像を膨らませながら、総合的に判断をすることが望ましい。

これらの考えは精神疾患を有する患者さんに対しても適応される。

しかし、実臨床では、摂食嚥下障害を有する患者さんに対する必要な支援が行き届いていないことが散見される。

例えば、介入が必要な状態にも関わらず放置されていたり、介入のタイミングが遅れていたり、介入されていても適切な処置や対応が施されていないことなどがある。

また、栄養摂取の方法(経管・経口)が患者さんに合った方法になっていないケースを目にすることは多い。

実際に、訪問歯科診療で嚥下内視鏡検査(以下、VE:Videoendoscopic evaluation of swalowing)を希望した在宅または施設入居の摂食嚥下障害を有する患者さん265名に対して評価・分析を行ったところ、妥当であると考えられる栄養摂取の方法と乖離している患者さんは一定数存在することが明らかとなった。

乖離している患者さんの中で、現状のレベルが低すぎた例は経管栄養のみの患者さんに多く、高すぎた例は食事の調整が不要である患者さんに多くみられていた3)

経口摂取が無理と言われている方が経口から薬を飲んでいるようなケースは実臨床でも散見されるが、そのような方はしっかり検査・確認をすれば経口摂取でも問題ないと判断されるケースはあるはずである。

食支援は最初の一歩が大事であるため、現状の食事状況に惑わされずしっかり確認することが必要である。

摂食嚥下障害と判断した場合には、とりあえず嚥下訓練と口腔ケアを取り入れるケースや安全のみを担保した対応を取り入れているケースが多くみられる。

安全はとても重要な要素であるが、可能な限り、安全や安心だけでなく、快適・希望・自由を見出した上で今後の生活に落とし込む方法や患者さんやご家族の納得を得られる方法も同時に考えるべきである。

 

 

摂食嚥下機能と摂食嚥下障害を疑わせる症状

摂食嚥下機能について5期モデルを中心に、各期の処理操作において固形物の動態に着目したプロセスと、5期モデルに沿って症状を分類しながら解説を行う。

嚥下障害の5 期モデル

摂食嚥下障害になることで誤嚥や窒息、低栄養など重要な問題につながる可能性がある。

摂食嚥下機能の5期モデルの解説からもわかるように、摂食嚥下障害は純粋に咽頭期の問題のみをさすのではなく、行動や咀嚼に関する問題も含まれる。

何らかの病因により、5 期のいずれか、あるいは複数の期に異常が生じた場合は摂食嚥下障害となる。

摂食嚥下の臨床現場では準備期、口腔期、咽頭期に障害が生じた場合にリハビリテーションの対象となることが多いが、精神疾患を有する患者さんにおいては覚醒状態と注意の持続が必要条件となる先行期にも障害がみられることが多いのが特徴である。

 

後編では、向精神薬が口腔機能に与える影響や、摂食嚥下訓練の方法などについて紹介する。

 

【引用】

1) 厚生労働省, 第4回地域で安心して暮らせる精神保健医療福祉体制の実現に向けた検討会(令和4年2月3日) 参考資料1 p3,5 https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/000892236.pdf,2022年9月30日,”精神疾患を有する総患者数の推移”

2) Hennekens CH, et al. Am heart J 2005;150:1115-21

3) 服部 史子,他:日摂食嚥下リハ会誌,12(2): 101-108

 

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