口腔ケアと栄養

口腔ケア栄養

訪問歯科と口腔ケアと食べること

新宿食支援研究会

ふれあい歯科ごとう
代表 五島 朋幸 先生

1 イントロダクション

 そもそも歯科の役割は口腔環境を整え、口腔機能を維持向上させることです。地域の中で訪問歯科は主に食べる機能のプロフェッショナルとして期待されています。

誰でも最期まで口から食べたいと希望しています。しかし、現実的にはどうでしょうか。ここ3年間の「胃瘻造設術」の推定件数は、毎年約6万人と言われており1)その一例からもわが国では「最期までは口から食べられない」現状が浮き彫りになります。その中で歯科が担う役割は小さくありません。ここでは、歯科にできることの再確認と、口から食べるために必要な事項をまとめていきます。

2 訪問歯科診療

 訪問歯科に求められているものは大きく3つあります。1つはいわゆる歯科治療。診療室同様、歯科的なトラブルへの対応です。2つ目は口腔ケア。介護保険施行以降、在宅高齢者の口腔内は清潔にはなってきましたが、まだまだ十分に浸透されているとは言えません。その中で、実際のケアを行うだけではなく、介護現場に口腔ケアを浸透させる役割を担っています。3つ目が摂食嚥下障害への対応。地域の中で対応できる職種が少ない中、主力として期待されています。

 訪問歯科依頼の多くは義歯不調です。近年の8020運動などもあり、残存歯があるため多くの方が局部義歯使用者です。そう考えると残存歯や義歯の治療、口腔ケア、そして義歯不調の多くは咀嚼が困難ということで摂食嚥下機能も診断することになります。つまり、1人の方に対して3つの役割全てを担う形になるのです。

 外来診療と訪問歯科診療との違いの1つは、その目標設定にあります。言うまでもなく、外来診療においてはベストなコンディションを目標にしていきますが、訪問においては患者の体調、予後、そして経済的負担も考えなくてはなりません。訪問診療対象者である限り、通院困難な体調であるということです。様々な疾患を抱えているために、抜歯などの外科的処置が困難なケースもあります。また、歯列や顎位が大きく偏位していることもあります。その中で、より良い口腔環境をつくることが目標になります。

3 咀嚼と嚥下

 口から食べる動作は、食べ物を口に入れ、噛んでのどに送り込んで食道に入れるという動きです。その後消化、吸収、排泄ということが行われますが、歯科的な役割は食道に入るまでです。そこで噛むこと(咀嚼)と飲み込むこと(嚥下)について考えましょう。

 咀嚼に必要なものは何か。歯や義歯、咬合力、食べ物を認知する能力、舌や頬の動き、さらには唾液が必要になります。中でも機能的に重要なのは舌の役割です。私が20年以上前に摂食嚥下障害を学び始めた時から舌の機能は重要視されていました。しかし、近年になってさらに注目されるようになりました。口にとりこんだ食物を舌が口蓋前方部(上の前歯の裏あたり)との間で押しつぶす力を舌圧と呼ぶのですが、最大舌圧を計測することによって咀嚼機能のみならず食形態の選定にも利用できることがわかってきました。

これらを利用して行われる咀嚼の目的は「飲み込める形にすること」です。実は医療、介護現場でも大きな誤解があります。それは食べ物を「きざむ」ことです。咀嚼の定義を小さくすることと考える方もいて、現在でもきざみ食が見られます。実際、刻むことによって咀嚼回数が増えるというデータ2)もあり、咀嚼困難者には向きません(表1)。

近年、嚥下障害者に対して歯科への期待は大きいです。「しっかり勉強していないと怖い」「VE(嚥下内視鏡)やVF(嚥下造影検査)などがないのでできない」などの理由で二の足を踏む歯科医師も多いですが、地域の中で連携できる機関を作ることで学ぶ機会は増えます。そんな中、嚥下機能の評価と訓練を求められます。最近ではVEを使用した評価ができる歯科医師も増えており、他職種(特にSTなど)からも大いに期待されています。また、訓練に関しては、食べ物を食べながらその機能を高める直接訓練と、筋力の強化などを目的とした食べ物を使用しない間接訓練があります。考え方としては、口から食べていきながら(直接訓練)周囲の筋力強化(間接訓練)を実施していくことです。食べることは、多くの嚥下関連筋の協調動作なので、間接訓練だけで食べられなくなった人が食べられるようになるのは難しいのです。

4 口から食べるための口腔ケア

 口腔ケアには3つの意義があります。1つは細菌を除去するということ。2つめはしっかりと口腔周囲を刺激するということです。そして口腔清拭や口腔消毒ではないのでケアの側面があるということです。

口腔内には300種類数千億個といわれる数の細菌が存在します3)。もちろんこの数は正常な数です。口腔内細菌はずっと同じ数と言うわけではありません。口の環境は大変細菌培養に適しています。体温と同じ36~37℃で唾液が湿った環境、さらに食物残渣など細菌の栄養になるものも存在します。つまり、日常生活の中で細菌数はどんどん増加しています。

私たちはこのような細菌を除去することを日常的に2つ行っています。1つはブラッシングです。ブラシを用いて物理的に細菌を除去しています。もう1つは、「しっかり噛んで唾液を出して食べる」ということです。唾液の殺菌作用や物理的食道に入れていくことにより細菌数は減少します。つまり、しっかり噛んで食べられる人はある程度の細菌数でおさえられ、食べる機能が低下した方ほどブラッシングによる細菌除去が必要になります。

2つ目の口腔周囲の刺激。歯ブラシを用いてブラッシングをするということ自体が刺激になります。もちろんしっかり噛んで食べることも刺激です。実は、口腔ケアをして口腔周囲を刺激することによって飲み込みは良くなることがわかっています。(表24))

また、口腔ケアはケアであって作業ではありません。口を無理やり開けて歯ブラシを突っ込んでゴシゴシやることはケアではありません。挨拶もあり、スキンシップもあり、不安を感じさせないようなコミュニケーションをとりながら行うことがケアです。これによって生きる意欲であったり希望であったり食欲がわいてきたりもするのです。

では、なぜ口腔ケアによって誤嚥性肺炎を予防できるのか。口腔内細菌を除去することによって間違って気管の方に唾液や食べ物が入っても(誤嚥)細菌が少ないから肺炎を予防すると考える人もいますが、しっかりお口の周囲を刺激することによって飲み込みの機能が向上し、誤嚥を予防することにより誤嚥性肺炎が予防されるのです。つまり「きれいにしました」は口腔ケアの一部でしかありません。「お口を清潔に保ち、しっかり刺激をして飲み込みの機能を向上させること」が口腔ケアなのです。

5 口腔ケアの実際

 意外と知られていない事実があります。高齢になった時、口腔ケアをしなくなるのではなく、できなくなる人が多くなります。認知症などでブラッシングの必要性を理解できないという方もいますが、手指の動きが鈍くなり難しくなることもあります。自分たちのブラッシング時、歯ブラシの動きや手首、指先の動きを一度確認してみてください。左右の歯を磨くために非常に複雑な動きをしています。高齢や疾患などで指の動きが鈍くなった時、自分でブラッシングするのは非常に困難になります。そのことを頭に入れて口腔ケアのサポート体制を考えなくてはなりません。

 実際の口腔ケアをする時、重要なのは口腔ケアをする側、受ける側の体勢作りです。相手が椅子や車椅子に座っているケースやベッドに寝ているケースがあります。口腔ケアは一度やったら終わりではないので、正しい体勢を作り、日常的に実践できるようにしていきます(図1)。

 訪問歯科の中で考慮すべきは口腔乾燥です。疾患によって、あるいは服薬によって口腔乾燥状態の方が多くいます。このような時に重宝するのが保湿効果のある口腔ケア用品です。ジェル状のものや液状のものなど各種存在しているが、それぞれの環境、用途に合わせて使用します。

6 まとめ

 歯科の役割は口腔環境を整え、口腔機能を維持向上させることです。地域の中で歯科の役割は小さくありません。診療室であっても、在宅であってもできることは多くあります。

引用

1)出典:政府統計の総合窓口(e-Stat) 令和元年社会医療診療行為別統計 (2021年1月20日)
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&toukei=00450048&tstat=000001029602

2)大原 里子,他 :咀嚼機能が低下した要介護高齢者における栄養改善と義歯使用およびきざみ食の関連について: 厚生の指標63(15),2016;37-44

3)大原 里子,他 :咀嚼機能が低下した要介護高齢者における栄養改善と義歯使用およびきざみ食の関連について: 厚生の指標63(15),2016;37-44

4)Yoshino A, et al: Daily oral care and risk factors for pneumonia among elderly nursing home patients. JAMA 286,2001;2235-2236

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