口腔ケアと栄養

口腔ケアケース別・疾患別口腔ケア

在宅療養患者さんのインプラント管理について考える

監修:

横山歯科医院

院長

横山 雄士 先生

はじめに

噛み合わせを示す咬合支持は、古くから多様な食品を食べ続けるための指標として天然歯数が注目されていた。

咬合支持が不良となれば多様な食品を摂取することは困難となり、摂取量も低下する 1)。近年、8020運動の成果もあり、80歳で20本以上の天然歯を維持する高齢者は年々増加し、2016年には半数に達した2)

しかし、問題なく食べられていると判断された高齢者が劇的に増えている実感はない。

その一つの理由として、天然歯としてカウントされた中には動揺歯や残根歯など咀嚼機能としては不十分な歯も含まれているためである。

また、食べる能力は、咬合支持のみならず、別の口腔機能も関係していると考えられる。

例えば、咬合力(噛む力)が弱くなると、食品の分断やすり潰しを行うことが困難となる。舌や口唇の動きが悪くなると食塊を纏めることや送り込みが困難となる。

このように食べる能力は、口腔機能が互いに協調・補完し合うことで成り立っていると考えられる。

咀嚼機能を有していない天然歯があれば、歯科治療を行うと同時に義歯やインプラントなどを行い、咀嚼機能の回復に努める必要がある。

特にインプラントは天然歯と変わらない見た目や機能を有していることから埋入している患者さんも増加傾向にある。

しかし、ここ数年、埋入期間が長期化された患者さんの様々な問題が顕在化されている。

今回は在宅療養を行っているインプラント埋入患者さんに注目し、現状と課題について紹介する。

 

 

当院の患者さんの実態

当院では、栄養ケアステーションを設立し、口腔機能の確認や栄養相談など、口から全身まで支援する体制を整えている。

これまで述べ1000人以上の訪問歯科診療を行っているが、歯科医院の特性から、医師や訪問看護からの依頼が多く、主訴の多くは、摂食嚥下障害(高齢者・医療的ケア児・者)であり、口腔機能や栄養状態の悪い患者さんが多い。

天然歯を多く保持している方であっても口腔機能低下を始めとする口腔トラブルによって食べられないことや低栄養などの悪循環に陥るケースも散見されている。

義歯を装着した患者さんも多いが、インプラントを埋入している患者さんも増えている。

在宅療養中にセルフケアや歯科の介入が不十分となることでインプラント周囲炎や破損などのトラブルも増えている。

 

 

インプラントの撤去を行う前に確認しておくべきポイント

インプラントの埋入期間が長期化することで患者さんの全身状態の悪化やADLの低下、疾患など、様々な理由からインプラントを良好に保つことが困難となり、撤去を選択されるケースが増えている。

ほとんどの患者さんやご家族は、インプラントを埋入する際に撤去のことまで考えることはないため、撤去時にトラブルが顕在化されるケースも少なくない。

インプラントを撤去するためには埋入時の状況やインプラントのメーカー等、たくさんの情報が必要となり、撤去を行うために専門的な技術も要することから天然歯の治療のように簡単にはいかない。

また、撤去を行う際は、患者さんの全身状態や予後、本人やご家族の考え方、多職種の考え方等、総合的に勘案した上で判断する必要がある。

インプラントの撤去時に確認すべき内容の例は以下の通りである(表)。

 

(表)インプラントの撤去を行う前に確認すべきポイントの例

神経疾患、進行性疾患、脳血管疾患後遺症など、近い将来も含めてADLが低下する要因がない

栄養状態が良好である

糖尿病や骨粗鬆症などに罹患していない

本人が口から食べることを希望している(撤去後に義歯を作る意義がある)

予後が安定しており、時間的余裕が見込める

認知症や精神疾患に罹患していないなど、本人の意識がはっきりしている

術後の栄養療法や水分摂取の方法、トラブル時の対策など、

インプラントを撤去することに対して十分な準備が行えている

 

一方、(表)に該当するような患者さんであっても対策を講じることでインプラントを問題なく撤去できるケースも存在する。

例えば、栄養状態が不良であれば、経管栄養もしくは栄養ルートを検討し、時間をかけて栄養状態や全身状態を良好にしてから再度検討を行うなど、撤去を行うタイミングを調整することで問題なく撤去できる可能性もある。

管理やメンテナンスが難しくなった際は、“スリーピング”という被せものを外してキャップをつけインプラントを眠らせる方法も存在する。

撤去を行った直後は、十分に経口摂取で栄養が摂れないことも多いため、一時的な栄養摂取の方法などは予め検討しておく必要がある。

食事は調整食が必要となるが、調理のみで対応すると患者さんだけでなく、ご家族の負担が大きくなることもあるので、市販の軟らかい食事や経腸栄養剤などを適宜取り入れることが望ましい。

 

 

症例から考えるインプラント治療の課題

85歳 女性 要介護5

進行性核上性麻痺  主訴:摂食嚥下障害

背景

図1.患者さんのインプラントの様子

要介護認定に伴い、訪問歯科診療が必要となった患者さんである。

経口摂取が不十分であるが、経鼻経管栄養や胃ろうは希望せず、「口から食べたい」と訴えている。

複数のインプラントが埋入しており、それぞれ異なる時期に複数の歯科医院で埋入した(図1)。

左下臼歯部のインプラントを撤去するか否か検討していたが、埋入した歯科医院が閉院されており、状況の確認が困難であった。

 

 

課題① インプラントに関する情報が少ない

訪問歯科診療では80代以上の患者さんも多く、埋入から数年、長い方だと10年以上経過している場合もあり、当時の記録が残っておらず、患者さんやご家族の記憶も曖昧である。

埋入当時はトラブルになった時の想定を全くしておらず、いざ治療が必要な際に必要な情報を得られないことも多い。

また、口腔の情報はご家族同士であっても共有されていないことも多く、診療時に初めて患者さんがインプラントを埋入していることが明らかになるケースもある。

インプラントは自費診療であるため、メンテナンスの際も金銭的負担が生じることが多く、患者さんやご家族が困惑するケースも多い。

 

 

課題② インプラントの規格の多様化

埋入されたインプラントの状態は、専門的な歯科医師であっても肉眼で判断することは困難であり、レントゲンで得られる情報を基に判断することが一般的であるが、やはり当事者でないと得られない情報も多くある。

医療が進歩している分、インプラントの機能や見た目が向上しているが、見た目が天然歯に近づくほど、トラブルになった際の対応が困難となっていることも事実である。

インプラントの機器を製造するメーカーは数十社程度あり、標準的な規格も設けられていないため、ネジの形状が各社で異なり容易に判断することが困難である。

 

 

その後の対応

図2.撤去されたインプラントの写真

経口摂取を行うためには、インプラントを撤去して義歯をつくる必要があると判断した。

しかし、これだけ大きなインプラントを撤去することはかえって経口摂取が困難となるなどリスクを伴う可能性がある。

在宅医と訪問看護師、そしてご本人、ご家族と何度も話し合いを重ねた結果、左下のインプラントは撤去することとなった。

近くの総合病院の口腔外科に依頼して撤去したインプラントは写真の通りである(図2)。

 

 

実際、骨の吸収が進んでいたことや創傷治癒に時間を要したことから義歯の製作にはかなり苦労した。

結果的に義歯によって経口摂取が継続できるようになり、4年間在宅療養した後に在宅で看取ることができたケースである。

この症例のように、リスクのある場合の判断というのは、とても難しいと感じている。

在宅で我々はその人の生活をみているため、ただインプラントを撤去するだけにはいかない。

撤去後に水分、栄養がしっかり摂れるのか?傷が治って義歯ができるまでにどれくらいかかるのか?さらにはその間の栄養摂取をどうするのか?といったことまで考える必要がある。

今回のようなケースが今後増加すると考えている。

 

 

インプラントを維持するためのメンテナンスと口腔ケア

インプラントを良好な状態で維持するためには、定期的な歯科受診とセルフケアの徹底が必要である。

インプラントの場合は人工物であることから軽微な異常であれば自覚症状を得られにくいため、定期健診の頻度を増やすことで良好な状態を保つことが可能となる。

できれば3,4か月に1回の受診頻度が理想であるが、最低でも年に1回の受診は徹底してほしい。

セルフケアによるブラッシングは、歯周病予防と同様に歯間などプラークが溜まりやすい箇所を意識しながら時間をかけて行うことが重要である。

口腔乾燥がある場合は保湿剤の活用や粘膜清掃も取り入れる。

口腔細菌が増えづらい環境を維持することも必要であるため、必要に応じて抗菌効果を有する口腔ケア用ジェルを取り入れるのも良いだろう。

繰り返しになるが、インプラントは自分の歯のように使うことができ、咀嚼機能を大幅に向上させることができる素晴らしい方法だと考えているが、メンテナンスや歯科に通院できなくなった時はトラブルに発展する可能性があることも事実である。

現在インプラントを埋入している患者さんやこれから埋入を考えている患者さんの治療を行う際は、数十年先を見据えた関わりができるように治療を行いたいと考えている。

 

 

1) 本川 桂子:咀嚼機能と栄養素等摂取量・食品群別摂取量:老年歯学34(1),2019;81-85

2) 厚生労働省:平成28年歯科疾患実態調査結果の概要,P18

 

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