歯科の領域において栄養の重要性が高まってきています。2016年診療報酬改定では、栄養サポートチームに院内又は院外の歯科医師が参加した場合を評価する「歯科医師連携加算」が新設されました。また、日本老年歯科医学会からの「高齢期における口腔機能低下-学会見解論文 2016年度版-」では、口腔機能と栄養状態は密接に関連しており、口腔機能の低下から低栄養、フレイルサイクルへと入っていく流れに対して歯科領域で早期対応することの重要性が示されました。
「オーラルフレイルと口腔機能低下症」、「要介護の原因と口腔問題・低栄養の関連」、「低栄養対策として歯科ができること」といったポイントを中心に日本老年歯科医学会理事長である櫻井 薫先生(東京歯科大学大学院歯学研究科研究科長)にお話を伺いました。
オーラルフレイルと口腔機能低下症
口腔機能には、咀嚼、嚥下、発音、唾液分泌、感覚、呼吸などがあります。
口腔リテラシーの低下、口腔や義歯のケア不良による齲蝕や歯周病になることによって滑舌の低下、食べこぼし、むせがある、かめない食品がある状態をオーラルフレイルといいます。
オーラルフレイルは病名ではなく状態であり、地域保健事業、介護予防で対応します。それをそのままにしておくと口腔機能低下症という病気に繋がっていきます。
口腔機能低下症とは、日本老年歯科医学会から2016年に発表された新たな疾患概念であり、①口腔不潔、②口腔乾燥、③咬合力低下、④舌口唇運動機能低下、⑤咀嚼機能低下、⑥嚥下機能低下、⑦低舌圧の7つの項目があります。このうち3つが認められたら口腔機能低下症とし、歯科医療従事者が治療をおこなう必要があります。
口腔機能低下症になっている状態にも関わらず治療を行わずそのままにしていると、嚥下障害や咀嚼機能不全といった専門的な知識がある歯科医師しか対応できない口腔機能障害になってしまいます。この段階までいくと、その前段階であった口腔機能低下症の段階に戻ることはできませんので、口腔機能低下症の段階で止めることが求められます。日本歯科医師会等ではオーラルフレイルの段階で止めておけば歯科にかからなくても済むといった推奨もされています。
一般にわかりやすい表現をすると、高齢になって歯のケアがおろそかになると齲蝕や歯周病になって動揺する歯が出てきます。それを放置しておくと口腔機能低下症になります。さらに放置すると口腔機能障害になってしまいますので、口腔機能低下症の段階で歯科にかかることが結果、医療費や介護費用の減少にもつながると考えられます。
要介護の原因と口腔問題・低栄養の関連
日本の介護保険制度では要介護認定として5段階に分類されています。厚生労働省の平成25年国民生活基礎調査によると、要介護になった原因の第1位は脳血管疾患です。大阪大学と東京都健康長寿医療センター研究所による健康長寿研究(SONIC)では、70歳以上の高齢者において咬合状態が悪化すると動脈硬化のリスクが高まると報告されています。良好な人を1とすると咬合状態が喪失した人は約2倍になっています。要介護状態になる原因第2位の認知症に関しては、65歳以上の健常者を対象として歯と義歯の状況を質問紙調査し、その後4年間認知症の認定状況を追跡するコホート研究が行われました。年齢、疾患の有無や生活習慣等に関わらず、歯が殆ど無く義歯を使用していない人は、20本以上歯を有する人と比較して、認知症発症のリスクが高くなることが示されました。歯がなくなってもきちんとした義歯を入れて咬合があれば認知症にはなりにくいということもわかっております。
要介護状態になる原因の第3位である高齢による衰弱すなわちフレイルに関して、咀嚼機能との関連があるということが最近分かっています。また、咬合の支持が崩壊すると、咬合支持維持群に対して低栄養のリスクは約3.2倍と非常に増します。歯を喪失した場合、義歯を使用していないと咀嚼機能の低下に繋がり、脳の認知領域への刺激低下や食品選択・栄養状態不良から認知症になりやすいというデータもあります。野菜等を避けてビタミン不足になることも関係していると推測されます。また、バランス機能低下により骨折・転倒するといったデータもあります。認知症や骨折・転倒が原因で要介護状態になると言われております。
低栄養対策として歯科ができること
加齢とともに、心身の活力(例えば筋力や認知機能等)が低下し、生活機能障害、要介護状態、そして死亡などの危険性が高くなった状態がフレイルであり、低栄養や転倒、サルコペニア等もその中に含まれます。要介護状態の原因に該当するフレイルに口腔の問題も密接に関わっていることから、歯科医師はオーラルフレイル、口腔機能低下症の段階で管理や治療することが大切です。歯の保存、良好な義歯の装着に加え、口腔機能の低下を早期に発見し、適切な口腔機能訓練を行い、機能低下を予防する必要があります。そのためには詳細な咀嚼機能評価と適切な栄養指導も必要です。具体的には、栄養が足りていない患者さんに補食としてどういったものを追加すればよいか、摂食嚥下機能評価・咀嚼機能評価を踏まえ、その患者さんの食事摂取能力を把握した上でその能力に合わせたアドバイスができるのがこれからの歯科医師だと考えられます。嚥下に問題がない低栄養の口腔機能低下症に対しては、低栄養の治療としての医薬品経腸栄養剤の経口処方という選択肢もあります。ラコール®NF 配合経腸用液のような医薬品経腸栄養剤は、歯科医師が処方することも可能です。また、食事の形態については、病院・施設・在宅医療および福祉関係者が共通して使用できることを目的とし,食事(嚥下調整食)およびとろみについて段階分類を示した「日本摂食・嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食分類2013」などに応じた適切な指示が望まれます。
さらに、経口摂取困難で長期管理が必要な場合は胃瘻での栄養管理という方法が考えられますが、経鼻胃管による栄養投与と比べて嚥下訓練にも適しているので経口摂取獲得に向けた栄養管理方法として優れているといえます。
このように、高齢者の栄養管理は医師、栄養士のみにとっての問題でなく、歯科医師や歯科衛生士も大いに関われることがあると考えられます。栄養指導も含めた歯科関係者の参画によって、要介護の原因を軽減でき、健康寿命の延伸に貢献することが期待されます。