リハビリテーション口腔ケア摂食嚥下
摂食嚥下における舌の役割と評価・トレーニングの方法
リハビリテーション学科
言語聴覚療法学専攻
准教授 福岡 達之 先生
1.はじめに
オーラルフレイル対策の推進により、近年、口腔機能への関心がますます高まっています。オーラルフレイルは、老化に伴う様々な口腔の状態(歯数・口腔衛生・口腔機能など)の変化に、口腔健康への関心の低下や心身の予備能力低下も重なり、口腔の脆弱性が増加し、食べる機能障害へ陥り、さらにはフレイルに影響を与え、心身の機能低下にまで繋がる一連の現象及び過程と定義されています1)。オーラルフレイルの概念はここ数年で変化していますが、2019年に発表された概念図では、口の健康リテラシーの低下から食べる機能の障がい(咀嚼障害、摂食嚥下障害)に至る幅広い問題を取り扱う概念に発展してきています(図1)1)。オーラルフレイルにおける口のささいなトラブルは、そのまま放置していると身体的フレイルやサルコペニア、要介護状態、死亡の発生に関連することから2)、早期に発見し診断(口腔機能低下症)につなげること、機能が低下する前に予防的な取り組みを行うことが推奨されます。口のささいなトラブルとは、「歯が20本未満」、「噛む力が弱い」、「舌を巧みに動かせない」、「舌の力が弱い」、「硬い食品が食べづらい」、「むせやすい」などの口腔機能の低下を指していますが、この中で特に重要な役割を果たしているのが舌の機能になります。口の衰えや食べる機能の障害に対応するためには、舌の機能を適切に評価し、舌に対するトレーニング方法を知っておくことが大変重要です。ここでは、口腔機能および嚥下機能(以下、摂食嚥下機能)における舌の役割を解説し、舌運動の評価と機能を高めるためのトレーニングの方法について紹介していきます。
2.咀嚼嚥下時における舌の巧みな運動
舌は発音だけでなく、咀嚼嚥下の過程においても重要な働きがあります。いくら立派な歯(義歯)があっても、いくら噛む力があっても、舌の巧みな運動がなければ食物を咀嚼し嚥下することはできないでしょう。舌は下顎や口唇、頬と協調しながら口腔内の食塊をコントロールし、咀嚼嚥下のすべての過程に関与しています。下顎と口唇によって口腔内に取り込まれた食物は、舌の素早い後方運動によって臼歯部に運ばれます。臼歯部で食物を破砕する間、舌は咀嚼側に捻転し、頬とともに食物がこぼれ落ちないよう保持する動きを行っています。左右の臼歯部で破砕された食物は、舌と口蓋の接触によって順次、咽頭へ送り込まれていきます。液体や咀嚼を必要としない流動物では、嚥下の準備期において舌は食塊を舌背でまとめていっきに送り込みます。このように、舌は嚥下の際に形状と位置を変化させながら前後、側方、挙上など複雑な運動を行っています。舌運動の障害や筋力低下がある症例では、咀嚼と食塊形成が不十分となり、口腔内に食物が残留する、あるいはまとまりのない食塊が咽頭に送り込まれ、後続する咽頭期の嚥下にも影響を及ぼします。舌はほかにも味覚や触覚、圧覚を伝える感覚器としての役割もあり、咀嚼中には舌の感覚刺激によって唾液が分泌されます。
3.舌運動の評価
舌運動が低下する原因としては、脳卒中や神経変性疾患に伴う運動麻痺、筋萎縮、不随意運動などの機能的障害や口腔がん術後で舌の欠損があるなどの器質的障害が考えられます。その他、加齢や低栄養、サルコペニアが原因となる舌の筋肉量減少や筋力低下も重要です。表1に舌運動を評価する時の観察ポイントを示します。舌の運動を評価する前に、舌の乾燥や湿潤の状態、口腔内の唾液貯留、食物残留の有無を観察しておくことも大切です。これらは嚥下の準備期と口腔期に関連する所見となります。舌の運動は開口位を指示し、舌の突出と後退、左右移動、挙上を評価します。舌の運動機能が低下した症例では、下顎による代償運動がみられる場合があるため、舌の運動を行わせる時に下顎運動を抑制して評価することがポイントになります。運動の範囲、強さ、左右差を観察し、各項目は反復運動を行わせ、速度を上げても正確に実施できるかどうか確認します。所見の例として、「舌の突出は右側へ偏位する」「舌の左側への移動は口角に達しない」「舌尖の挙上時に下顎の代償運動がみられる」「カの発音時、奥舌の挙上は不十分」のように評価します。舌は咀嚼嚥下と発音の運動に共通する器官です。そのため、会話時の発音を評価することは、咀嚼嚥下能力の大まかな推測にも役立ちます。特に認知症がある患者さんでは上記の運動指示に従えない方も多く、そのような場合には、発音の状態や会話の中での舌の運動を観察することが重要な所見になります。舌尖の発音によるタ行、ダ行、ラ行、ナ行、ザ行の運動は食物をすくい上げる動作に必要です。奥舌の挙上によって発音されるカ行、ガ行は食塊を口腔から咽頭へ送り込む運動に共通しています。オーラルディアドコキネシスは、「パ」「タ」「カ」の音節をできるだけ早く繰り返し発音させることで、舌や口唇の運動速度、巧緻性を評価する検査です。口腔機能測定機器「健口くん®」(竹井機器工業株式会社)を用いると、1秒間あたりの発音の平均回数を簡便に測定することができます。口腔機能低下症の検査項目「舌口唇運動機能低下」では、「パ」「タ」「カ」それぞれの音節の発音回数を測定し、どれか1つでも6回/秒未満であれば低下と判定します3)。
4.舌圧測定
食物を口腔から咽頭へ送り込む際、舌は挙上して口蓋と接触します。嚥下時の舌運動に関して、舌筋の活動を直接計測することは難しいですが、舌を随意的に強く押し上げた時の圧力や嚥下時の舌と口蓋の接触圧を測定することは可能です。前者は舌圧測定器を用いて、口腔内に挿入したバルーン状のプローブを舌で押しつぶすことで最大舌圧(kPa)を計測します(図2)4)。舌圧は舌運動機能の一部を評価するものですが、客観的な数値が簡便に得られることから、口腔機能に関するさまざまな調査や訓練効果の指標として広く活用されています。これまでの研究から、舌圧は全身の筋力と同様に加齢に伴い低下することが分かっています(図3)。若年者では男性の方が女性よりも舌圧は高いですが、加齢とともに男女差はなくなり、60歳以降で低下します5)。加齢だけでなく、脳卒中やパーキンソン病などの神経疾患、頭頸部がん術後患者などでも舌圧は低下します。認知機能の低下やより介助が必要になると舌圧が低下すること、食事中のむせや食物残留と関連することなども報告されています6, 7)。最大舌圧の数値と摂取している食形態を調査した研究によると、約30kPa以上でほぼ常食の摂取が可能、約20kPa以下では何らかの調整食が必要という報告があります8)。口腔機能低下症の舌圧に関する項目では、最大舌圧が30kPa未満で低舌圧と判定しています3)。また、サルコペニアの摂食嚥下障害では、摂食嚥下筋の筋力低下を示す指標として舌圧が用いられており、そのカットオフ値は20kPa未満とされています9)。これらのことから、オーラルフレイルにおける口腔機能の軽微な低下は舌圧30kPa未満、嚥下障害など口腔機能の低下がさらに進行した場合に問題となる舌圧は20kPa未満が大まかな目安となります。舌圧の値は握力と同じように大きいほど良いので理解しやすいですが、舌圧の値は加齢だけでなく、さまざまな疾患や栄養障害、廃用によっても低下することに注意が必要です。舌圧の産生には、他にも舌の挙上を支持する外舌筋や舌骨上筋群の活動、口蓋の形態、咬合支持など多くの要因が影響していると考えられます。
平成28年度歯科診療報酬改定において、舌接触補助床(Palatal Augmentation Prosthesis: PAP)を装着した患者に対する舌圧検査(140点)が保険収載され(月2回を限度として算定可能)、平成30年度の診療報酬改定では対象となる症例が拡大しています。PAPの適応や口腔機能低下症の診断など舌圧検査の必要性は今後ますます高まることが予想されます。
舌圧測定には、上記のバルーンタイプの他にセンサシートタイプの測定器があります。センサシート型では、超薄型の圧センサシートを口蓋部に貼り付けて、嚥下時の舌と口蓋の接触状態を詳細に評価することができます(図4)。センサシートには5箇所の感圧点があり、嚥下時に舌と口蓋が接触する時の舌圧最大値や接触時間、積分値などを計測することが可能です10, 11)。
5.舌のトレーニング
舌に対するトレーニングには、運動範囲の拡大や筋力増強など要素別の練習、発音や咀嚼のような巧緻性、協調性を高める練習などがあります。舌の力の発揮は発音と嚥下で異なり、発音時の舌の力は嚥下時の半分以下といわれています。したがって、嚥下機能を向上させるための舌のトレーニングは、運動範囲の拡大と筋力増強が中心になります。お口の体操や嚥下体操と呼ばれる運動は、主に嚥下や呼吸に関係する器官の運動範囲の拡大や食事前のウォーミングアップを目的にしています。ただし、これらの体操を行うことの効果は明らかではなく、嚥下機能が改善する、食前に行うと誤嚥が減少する、といったエビデンスはありません。少なくとも舌を前に出す、横に動かす、グルグル回すだけの運動では、舌筋の筋力を増強させることは難しいと思われます。
舌に対する筋力増強としては、前述のバルーン型プローブを用いたレジスタンストレーニングが有効です。舌筋への十分な抵抗を加えた運動を一定期間行うことで、舌圧値が上昇するだけでなく、誤嚥の減少や肺炎リスクが軽減するといった報告があります12)。舌圧測定器がある場合には、個々の症例において最大舌圧の60~80%の力を発揮してもらい、舌でバルーンを押しつぶす運動(等尺性運動)を3秒間続けます。この運動を10回/1セットとして、1日3セット、週2~3回行います。舌圧測定器がない場合には、舌トレーニング用具(ペコぱんだ®)や綿棒、シリコン素材のスプーンなどを用いて行います。ペコぱんだ®は、負荷強度の異なるものが用意されていますので、個々の症例の舌の力に合わせて選択することができます(図5)13)。スプーンや指を使っても良いですが、その際に注意したいのは、できるだけ強い力で舌を押し上げることです。1日に行うトレーニングの回数は症例によって調整してもよいですが、舌やのどが少し疲れるくらいが目安となります。強い力で舌の押し上げができない場合には、弱い力で1セットの回数を増やす、あるいは疲れを感じるまで行うことで筋力増強効果が期待できます。
6.老嚥と予防のための嚥下トレーニング
オーラルフレイルは、口腔機能の脆弱状態(フレイル)を意味する日本オリジナルの言葉です1)。海外では、老嚥(Presbyphagia)という用語があり、老化に伴い口腔機能および嚥下機能が低下した状態で嚥下障害になる一歩手前といわれています14, 15)。老嚥が進行して嚥下障害、誤嚥性肺炎を発症し入院される高齢者は臨床的にも多く経験するところだと思います。一方で、オーラルフレイルは口腔機能の軽微な低下から咀嚼嚥下障害までを含み、国民に周知するための標語として用いられているため、これら二つの概念を明確に区別することは難しいですが、状態としてはかなりオーバーラップしていると考えられます。老嚥によって、口腔の状態だけでなく、嚥下反射の惹起や喉頭挙上、食道入口部開大などの機能も低下することが知られていますので、嚥下の咽頭期に対するトレーニングも大変重要です。嚥下の咽頭期において特に重要な喉頭挙上に関与する舌骨上筋群のトレーニング方法をいくつかご紹介します。
・嚥下おでこ体操(図6)
額に手をあてて自身で水平方向に抵抗を加え、おへそを見るように頭頸部の屈曲を行います16)。抵抗を加えたまま保持する等尺性運動と屈曲の運動を繰り返す等張性運動があります。実施のポイントは、しっかりと抵抗を加えたまま顎を引く動作を意識し、息を止めないことです。どちらも5秒ほどかけて1セット5~10回、1日3セット行います。
・開口訓練(図7)
舌骨上筋群は開口筋としても作用するため、大きく開口する運動によって舌骨上筋群に負荷を加えることができます。最大の開口位を指示し、その状態で10秒間保持してもらいます。10秒間の休息を入れながら5回を1セットとし、1日2セット行います17)。実施のポイントは思い切り大きな口を開けて保持することですが、注意点として、顎関節症や顎関節脱臼の既往がある症例には適応しないようにします。
・ボールを用いた訓練(CTAR: Chin tuck against resistance)
図8のような小さめのボールを顎と胸の間ではさみ、顎でボールを強くつぶす運動を行います18)。頭頸部の屈曲を保持する等尺性運動と屈曲の運動を繰り返す等張性運動があります。実施のポイントは、ボールがつぶれるように最大の力で行い、息を止めないことです。どちらも5秒ほどかけて1セット5~10回、1日3セット行います。
・吹き戻しを用いた訓練(呼気筋トレーニング)
呼気筋トレーニング(EMST: Expiratory Muscle Strength Training)は、舌骨上筋群に対するレジスタンストレーニングの方法で、嚥下機能および咳嗽機能の改善効果があると報告されています(図9)19-21)。残念ながら専用の器具は国内で入手することはできませんが、負荷強度が選択できる吹き戻しで代用することができます。長息生活®(株式会社ルピナス)には、レベル0, 1, 2, Maxの4段階の負荷強度があり、症例の呼気筋力に応じて選択することができます(図10, 11)。訓練回数は、1日に5回/1セット×5セット(25回)が目安となりますが、少し疲れを感じる程度に調節してもよいでしょう。
参考文献
1) 公益社団法人 日本歯科医師会:歯科診療所におけるオーラルフレイル対応マニュアル 2019年版 https://www.jda.or.jp/dentist/oral_flail/pdf/manual_all.pdf
2) Tanaka T, Takahashi K, Hirano H, et al: Oral Frailty as a Risk Factor for Physical Frailty and Mortality in Community-Dwelling Elderly. J Gerontol A Biol Sci Med Sci 73: 1661-1667, 2018.
3) 一般社団法人日本老年歯科医学会学術委員会:口腔機能低下症 保険診療における検査と診断(口腔機能低下症 説明用資料 2019.6.1 ver)http://www.gerodontology.jp/committee/file/oralfunctiondeterioration_document.pdf
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