社会福祉法人 三井記念病院
歯科・歯科口腔外科
医長 長谷川 義道先生
はじめに
近年、オーラルフレイルや口腔機能低下症など口腔内の重要性について、とても注目が集まっています。歯科医師は、これまで歯を治すというイメージをお持ちの方もいらっしゃるかもしれませんが、歯科治療を円滑に行う為にも口腔内、さらに、全身状態を把握する必要があります。それは、口腔内に留まらず、全身の健康状態を維持することにも繋がります。
また、歯科医師は、だれよりも口腔内の情報を持っていると感じています。歯科医師ならではの観点で他の職種に情報を伝えることは、全身状態の悪化を防ぐことに大きく貢献できると考えています。さらに、歯科治療は、「食べること」にも大きく影響します。治療中の患者さんの食べたい思いを叶えるためにも、全身状態を考慮した歯科治療が必要ではないでしょうか。
何故、歯科医師は歯以外を診る必要があるのか?
冒頭に申し上げた通り、口の中だけを診ることは、歯科領域ではありがちだと思います。しかし、視野の狭い治療は、全身状態の悪化や歯科治療の遅延などの問題につながります。これらの理由から、私が治療を行う際、入院患者のカルテから「何を治療してきたのか?」「今はどんな状態なのか?」といった背景も同時に診るようにしています。
また、身体だけではなく、患者さんの生活背景まで考えて、話を聞くようにしています。金銭的な問題でこちらからの提案が受け入れられないなど生活面の問題に加え、低栄養やがんなどの身体の問題など、様々な背景を持った方がたくさんいます。実は、これらの要因は、単独では無く、複数かけ合わさっていることも多々あり、状況を事前に把握することで大きなリスク回避に繋がります。
例えば、服用している薬の影響で出血傾向がある患者さんは多くいます。この情報は、血液データやカルテ、問診などから得られますが、こちらから注意深く観察しないと見逃す項目でもあります。
知らずに治療を行うと、出血が止まらず、大きな問題に繋がるかもしれません。当院は、抗凝固剤の服用がある場合でも内服を中止せずに治療を続けることが多いのですが、これは、患者さんの情報を知っているからこそできる決断だと思っています。また、これらは、歯科医師に限ったことではありません。歯科衛生士も気に掛けるべき部分だと思います。出血するという事は、それだけ感染のリスクも高まるという事です。そこで、歯科衛生士が注意深くケアを行ったり、抗生物質の提案などがあったりすると、歯科医師の立場としてはとても心強く感じます。
口腔内と栄養の関係
歯科口腔外科を受診している患者さんの傾向を一概に伝えることは難しいですが、共通して「痛み」を訴える患者さんが多いように感じます。例えば、頭頸部に放射線治療を受けると、かなりの確率で口腔粘膜炎が発生しますし、喉への照射で「嚥下痛」を感じるケースも多いです。唾液を飲み込むことすらままならない状態なので、口から食事を摂ることは難しいでしょう。当然、食べることができないと栄養状態が悪くなり、経管栄養や中心静脈栄養が選択肢にあがります。また、痛みだけが原因ではなく、加齢や薬の副作用などによるドライマウスの影響により、口腔機能が低下することで食事量が減少するケースも多くみられます。その他にも、インプラントの術後などは、一定期間食事を満足にできないことが多いです。これらのケースから歯科口腔外科を受診する患者さんは、低栄養の危機にさらされている可能性が高いと言えるのではないでしょうか。さらに、低栄養になると悪循環に陥りやすいので、高齢者の場合は特に要注意です。
私は、他の診療科で治療や手術を予定されている患者さんが歯科口腔外科を受診する際、絶飲食状態にならないように、術前から治療・口腔ケアを取り入れ、食べられる口を維持します。口から栄養を摂ることは、人間の根本でもありますし、口から食べている人は、いい表情をしていると感じることが多いです。食べる喜びが失われないようサポートするのは、歯科医師の役割であると感じています。
事例も交えた提案
口腔癌で放射線治療を行う患者さんをよく診てきましたが、共通して、痛みを訴えることが多く、固形物を摂取することが困難です。過去、高齢の口腔癌の患者さんで放射線治療を行ったことがあるのですが、嚥下痛や誤嚥があり、満足に食べることができなかった為、経口で摂取することを目的に「経腸栄養剤」を処方したことがあります。このようなケースであれば、経管栄養が選択されることも多いと思いますが、本人の希望で食べ続けたい思いが強かったこともあり、このような対応を行いました。また、放射線治療中の患者さんは、味覚異常になることも多いです。経験から、「甘い→辛い→苦い」の順で味を感じにくくなり、元に戻るときも「苦い→辛い→甘い」の順で感度が上がります。ですので、放射線治療中に限っては、栄養剤の味で摂取量が左右されることは少ないと感じています。経口摂取を維持するためには、栄養を一定量摂取し続けることが重要ですが、継続するためにも、痛みを緩和させることがキーになると考えています。
近年、口腔内粘膜を物理的に保護するような製品や含漱剤などの利用により、一時的に疼痛緩和を行うことが可能になってきています。痛みが治まっている時に、刺激の少ない栄養剤ややわらか食などの活用は、栄養摂取だけでなく、患者さんのQOL向上にも貢献すると思います。
患者・家族への指導
我々から、患者さんや家族に指導する内容の1つにブラッシング(歯磨き)があります。実際の手技ももちろんですが、ブラッシング前の姿勢(寝たきりならギャッジアップの角度)や麻痺の有無や麻痺の影響などについてもレクチャーします。
誤嚥の危険性があるので、ブラッシングもできるだけ水分や発泡剤の少ない環境で効率よく磨く事を心がけています。また、磨いているつもりになっていたり、ブラッシングに集中して汚染物やバイオフィルムが咽頭の奥へ流れ込む可能性があるので、歯間を磨く事を意識させたり、汚染物を奥から手前に掻き出すことを指導したりしています。
寝たきりで動揺がある患者さんは、脱落が怖いです。看護師さんも触れづらい所なので、可能であれば早めに抜歯します。また、普段どのようなブラッシングを受けているか想像するために、家族に歯磨きを行っていただき、その癖を観察します。セルフケアができない患者さんは、電動ブラシの活用も良いでしょう。ただし、電動ブラシは、間違った使用により、歯ぐきへのダメージが大きくなるので要注意です。また、インプラントは、元の歯に比べ、電動ブラシの横の振動(マイクロムーブメント)に弱いので、さらに注意が必要です。リハビリにもなるので、可能な限り手動で磨くのが良いと思います。
さらに、実技以外にも、正しい情報を伝えることを心がけています。中には、ゆすげば汚れが取れるなど、誤った知識を持っている方もいますので、患者さんだけでなく、家族とのコミュニケーションも大切です。
多職種連携について
当院は、横のつながりが非常に強いと感じています。科内の歯科医師・歯科衛生士の連携ももちろんですが、医師、薬剤部、栄養部、病棟看護師、事務など他職種との情報交換もスピーディに電話1本で行えるので、対応も非常に速いです。経験を踏まえ、2つの例をご紹介します。1つ目は、医師との連携です。問診で歯科治療に影響がある薬を服用していることが発覚した場合、処方元の医師に確認し、処方変更を依頼する必要がありますが、このようなケースでも、関係性ができていれば、依頼を行いやすいですし、変更の際の理解も得られやすいです。
2つ目は、看護師さんとの連携です。歯科医師の立場としては、治療・ケアをとことん突き詰めたいと感じている一方、看護師さんは、その他の業務も幅広く持っていることから、一方的な依頼でモチベーションを下げてしまわないよう、伝え方・方法を考えながら依頼するなど、連携の工夫をしています。
ただ、一般的には、薬と歯の影響は、まだまだ知られていない情報ですので、医科の先生方も歯科領域に関係のある情報は、是非、興味を持っていただきたいと感じています。また、歯科医師も同様に、栄養や薬など、治療に関係する部分については、口腔内以外のことも興味を持つ必要があると感じています。