口腔ケア
口腔の病原性微生物に注目した口腔ケアを考える
准教授 大原 宏司 先生
はじめに
口腔細菌は、700種類以上同定されており1)、歯の表面、歯周ポケット、舌背など場所ごとに特有の菌叢を形成しています。口腔細菌叢は一定のバランスが保たれていますが、病原性を発揮するような微生物(病原性微生物)の増加や宿主の抵抗力低下など、口腔細菌叢のバランスが崩れることで口腔カンジダ症のような病原性微生物由来の感染症を引き起こすことがあります。口腔細菌叢のバランスが崩れる要因としては、長期間にわたる抗菌薬および抗真菌薬の服用(菌交代現象)や口腔衛生状態不良(口腔不潔・口腔乾燥)などが考えられます。
口腔ケアを行うことで口腔環境を良好に保つことができますが、口腔の病原性微生物に対して抗菌効果が期待できる口腔ケア用ジェルを用いることで口腔ケアの質がより高まると考えています。
口腔内感染症を引き起こす主な病原性微生物
例えば、誤嚥性肺炎に罹患した患者さんの咽頭からは、歯周病原因菌、ブドウ球菌、カンジダ属などの細菌や真菌が検出されており2)、これらの菌種が誤嚥性肺炎の発症に深く関係していると考えられます。また、口腔カンジダ症の原因であるカンジダ属は、これまでに200種以上3)確認されており、C. albicans、C. glabrata、C. tropicalis、C. parapsilosis、C. kurseiなどが単独もしくは混合(複数)菌種として、ヒトから多く分離されています。
特にC. albicansは、ヒトから検出されるカンジダ属の中で最も多くの割合を占めています4)。C. albicansは、口腔カンジダ症の原因となっているだけでなく、黄色ブドウ球菌や緑膿菌など、他の細菌と共生し、口腔バイオフィルムを形成したり2)、発芽管を介して黄色ブドウ球菌が粘膜組織へ侵入するための手助けを行っており5,6)、C. albicansが増殖することで口腔衛生状態が悪化することも報告されています。
また、通常であれば、カンジダ属は粘膜表皮に留まりますが、口腔粘膜に損傷がある場合は体内へ侵入し、全身の臓器まで入り込むことで深在性真菌感染症を引き起こす場合もあります。特にカンジダ血症は症状も重篤であり、死に至ることもしばしばある7)のでカンジダ属を増殖させないよう予防することが重要です。
カンジダ属とは?
カンジダ属は、一部の菌種を除き、「酵母形」もしくは「菌糸形」の状態で存在している二形性真菌である。ヒトの口腔や咽頭、腸管、膣などに常在菌として存在しており、口腔カンジダ症の原因と考えられている。一般的には口腔を浮遊している酵母形のカンジダ属が分子間力により口腔上皮細胞へ一次付着し、その後、接着因子を分泌することによって、より強固に口腔細胞へ付着する。この段階であれば容易に除去することは可能であるが、発芽管(Germ tube)を伸張し、仮性菌糸(pseudohypha)が口腔の上皮細胞へ侵入すると容易に除去することは困難と考えられる。
口腔バイオフィルムについて
バイオフィルムは、複数の細菌と多糖類やタンパク質などと共に形成された集合体である。口腔では、浮遊している口腔細菌が互いに共凝集してマイクロコロニーを形成し、口腔バイオフィルムを形成することが知られている。口腔バイオフィルムは成熟すると、内部の菌をバイオフィルムの外に放出し、口腔に更なる口腔バイオフィルムを形成するため、口腔環境が悪化する。成熟した口腔バイオフィルムは、内部まで薬剤が届きにくくなっているため除去も容易ではない。
口腔の病原性微生物に注目した口腔ケアの方法を考える
口腔ケアを行う際は様々な種類の口腔ケア用ジェルが使用されていますが、前述したような口腔の病原性微生物に対して有効な成分が配合されていると、口腔ケアの質が高まり、効率的な口腔ケアに繋がると考えています。
例えば、ヒノキチオールという成分は古くから様々なところで使用されていますが、基礎研究では、カンジダ属に対する抗菌作用が示されており、口腔の上皮細胞単層に対する付着抑制作用や一定以上の濃度における生菌数の抑制作用が認められました8)。これは、ヒノキチオールがカンジダの菌糸形成や維持に関わるシグナル経路(CYR1 およびRAS1)を阻害し、mRNA の発現を抑制すること9)でこのような作用が働いていると考えられています。また、ヒノキチオールを配合した口腔ケア用ジェルを用いた基礎研究では、カンジダ属の一種である、C. albicansの発芽管形成阻害効果をはじめ、カンジダ属、歯周病菌、緑膿菌、黄色ブドウ球菌に対する増殖抑制やバイオフィルムの形成阻害効果が示されました10)。
患者さんの口腔状態は様々ですが、口腔の病原性微生物に注目し、効果的な口腔ケア用ジェルを選定することは質の高い口腔ケアに繋がると考えます。
【引用】
1)小川 智久: モダンメディア, 2017; 63(8): 179-185
2)弘田 克彦, 他: 高知学園短期大学紀要, 2018; 48:73-80
3)西川 朱實: 真菌誌, 2007; 48(3): 126-128
4)岡田 和隆, 他: 老年歯学, 2016; 31(3): 346-353
5)LM Schlecht. et al.: Microbiology. 2015; 161: 168-181
6)長 環: 真菌誌, 2009; 50: 179-185
7)藤内 智:北海道医報, 2006; 1049: 16-20
8)M Nakamura. et al.: J. Oral Biosci. 2010; 52(1): 42-50
9)N Komaki. et al.: Biol. Pharm.Bull. 2008; 31(4): 735-737
10)Ohara H. et al.: PLOS ONE. 2023; 18(9): e0283295